これが本当の健康づくり運動

これが本当の健康づくり運動

第4回 ハードラーズストレッチング

 膝は横に曲がるか?
 皆さんの膝は曲がると思います。膝を曲げることを「屈曲」と言います。曲げた膝は元のように伸ばすこともできます。膝を伸ばすことを「伸展」と言います。それでは、膝は横に曲がるでしょうか。
 まず、膝をまっすぐにして(伸展して)立った状態で試してみてください。基本的には膝は横にはほとんど曲がらないはずです。今度は、立ったままで、膝を少し曲げた(屈曲させた)状態で試してみてください。膝が屈曲していると、膝は少しだけ横に曲がります。特に内側に曲がります(ひざ頭が内側に入ります)。
 図1をご覧ください。第1回では、膝関節の安定性を保つうえで重要な役割を果たしている「半月板」に注目しましたが、今回は、膝関節の両側にある側副靭帯に注目します。膝の内側には「内側側副靭帯」が、外側には「外側側副靭帯」があります。

図1 膝関節の構造
図1 膝関節の構造

 膝を伸ばした状態では、これらの側副靭帯がピンと張った状態になるので、膝は横にはほとんど曲がりません。このおかげで、私たちは、安定して立っていることができ、また左右に不安定にならずに歩くこともできます。
 ところが、膝の左右の安定性になくてはならない側副靭帯を伸ばしかねないストレッチングや日常動作を行っている人を多く見かけます。
 もう一度、図1をご覧ください。外側側副靭帯は太く短いのに対して、内側側副靭帯は細長くなっています。このため、内側側副靭帯の方が伸びやすいのです。この結果、膝を曲げて試してみたように、膝は内側にいくらか曲がります。膝を曲げた理由は、膝を曲げると側副靭帯が緩むからです。この弱い内側側副靭帯を伸ばしてしまう動作を繰り返すと、靭帯が伸びてしまって元に戻らなくなります。また、強く伸ばすと、切れてしまうこともあります。
 さらに問題なのは、内側側副靭帯が内側の半月板につながっていることです。このため、内側側副靭帯を引っ張るような力が加わると、内側側副靭帯が内側の半月板に食い込み、内側の半月板が裂けてしまう恐れもあります。外側側副靭帯と外側の半月板との間には距離があり、つながっていません。
 側副靭帯が伸びてしまったり、半月板が損傷したりすると、膝関節が不安定になり、将来的には「変形性膝関節症」などの問題を引き起こすようになります。

【ハードラーズストレッチング】
 内側側副靭帯を伸ばしかねない運動の代表が、図2に示したハードラーズストレッチングです。陸上競技のハードル選手が、ハードルを越える際のフォームをよくするために必ず行うストレッチングです。

図2 ハードラーズストレッチング
図2 ハードラーズストレッチング

 このストレッチングを、ハードル選手でもないのに行う人がたくさんいます。医師の中にも行うように患者に指導する人もいます。このストレッチングで伸ばしたいのは、太ももの裏側にあるハムストリングとよばれる骨格筋群です。体前屈だと、左右両方のハムストリングを同時に伸ばすことになり、抵抗が大きくて十分に伸ばすことができないこともあるので、片脚ずつ伸ばす目的でハードラーズストレッチングを指導することがあるのです。
 健康上、ハムストリングのストレッチングを行う主な目的は2つあり、一つは腰痛の予防や改善で、もう一つは年をとると膝が伸びにくくなってくるのを予防したり改善したりするためです。
 ハードラーズストレッチングの問題は、伸ばそうとしているほうの膝ではなく、横に曲げた状態になっている膝の方です。図2では、左膝が問題です。膝を内側に入れて、内側側副靭帯を伸ばしています。
 ハムストリングのストレッチングの方法がこれしかないのならば、曲げているほうの膝に力が加わらないように細心の注意をはらいながら、行うしかありません。しかし、膝をひねらずに行える方法が第2回で紹介した図3のストレッチングなど、他にもありますので、より安全な方法で実施してください。

図3 安全なハムストリングのストレッチング
図3 安全なハムストリングのストレッチング

【最後に】
 しばしば目にする運動の中に、安全性や効果に問題があるものがたくさんあります。今項では、ハードラーズストレッチングを取り上げました。
スポーツでストレッチングを行う目的は、スポーツ傷害を予防するということもありますが、それ以上に、そのスポーツでの競技能力を高めることが最大目的です。場合によっては、安全性よりも、効果の方が優先されます。ハードラーズストレッチングはスポーツのためのストレッチングで、健康づくりの運動としては相応しいものではありません。



<プロフィール>


西端 泉(にしばた いずみ)

川崎市立看護短期大学教授、日本フィットネス協会理事

主な研究テーマ:
高齢者の体力・健康を維持・増進するためのレジスタンス・トレーニング
安全性を優先した健康づくり運動の開発
認知症予防・改善のための運動
発達障害を有する子どものための運動


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