オークボアツコの「筋肉豆知識」

オークボアツコの「筋肉豆知識」

上腕筋

今回取り上げるのは‘上腕’にある筋肉です。上腕の筋肉と言えば、有名どころは‘力こぶ’を作る「上腕二頭筋」と、二の腕の‘フリソデ’側に存在する「上腕三頭筋」ですが、あまり目立たない存在ながら「上腕筋」という名前の筋も存在するのです。場所は上腕二頭筋の深層、肘関節をまたぐような格好で付着しています。役割は「肘を曲げること」。

肘を曲げる筋肉と言えば先述の「上腕二頭筋」が非常に有名なわけですが、付着部位の関係で、上腕二頭筋による肘の屈曲は‘手のひらを上に向けて’力こぶを作るような向きの運動で最も筋力が発揮されます。で、あまり一般に知られていない肘を曲げるための筋肉はそれ以外に2つあり、それが今回の「上腕筋」、そして「腕橈骨筋」です。

あ、この「腕橈骨筋」ねえ…ワタシ好きなんです。なのに、今回の筋肉かるたには採用されなかったんですよ。残念。ついでですから、なぜ好きなのか申し上げておきますと、腕橈骨筋、別名「ビア・マッスル」と言うんです。ビールジョッキをぐっとテーブルから持ち上げる時に使う筋肉なのでこう呼ぶのですが、つまりは親指を上に向けたまま肘を曲げる時に最も筋力を発揮するという特徴があるのですね。ワタシなんか、好きが高じて、日々ジョッキで筋トレしちゃっております。ええ。

このように、「肘を曲げる」という動き一つにも、関係する筋肉の走行と付着部位によって張力を発揮しやすい方向が存在します。ただ、今回の「上腕筋」については、手のひら(正しくは前腕)がどっちを向いているかということがほとんど問題にならず、どの向きでも同じように収縮します。前腕(肘から手首まで)には「橈骨」と「尺骨」2本の骨があるのですが、肘を90°曲げたままにして‘手のひらを上下に返す’動きをする場合、肘の先端から小指側にある骨(尺骨)を軸にして、親指側にある骨(橈骨)がくるりと回転するようにねじれて手のひらの向きを変えています(肘の先端をつまんだまま手のひらを返してみてください。肘の先端は動かないまま、手のひらの向きを変えることができますよね)。上腕筋の端っこは「尺骨」に付着しているため、回転運動の影響を受けにくい、すなわち手のひらがどっちを向いていようが、筋肉の走行がねじれて変わったりはしないのです。

こうして地道に肘の屈曲を助けている上腕筋、上には上腕二頭筋が覆いかぶさっているため、その全体の形状を触診することが難しいのですが、ちょっと面白いタイトルの報告を見つけてしまいました。その名も「上腕筋は3頭筋である」(2012年「第16回臨床解剖研究会記録」より)。

そもそも「二頭筋」「三頭筋」「四頭筋」といった筋肉の名前が何を意味するのかというと、筋肉の一方の端が‘何また’に分かれて骨に付着しているか、その特徴ある形状を表しているのです。ということは、そのような名前がついていない筋肉は本来「1頭」とみなされているはずなんですよね。しかし、この報告では、過去文献をひもとき「上腕筋は上腕骨に単一の筋頭を有すると記載されることが多いが、2005年の某書では‘2~3部からなる変異がみられる’とされており、一方2007年に‘浅頭と深頭の2頭を有する’とする報告もある」旨を紹介しています。

我々の筋肉は、過去の歴史における何体ものご検体の解剖を経て、形状が解明され、共通項が定義づけされ、筋名がつけられているわけですが、実は個々人の体には様々な「変異」がみられることが分かっています。大部分がすべてのヒトに共通の構造ではあるのですが、例えば前回の稿でチラリと出てきた「最小斜角筋」など、約半数の人には欠如する筋肉さえあるのです。

ちなみに解剖した結果から筋肉を定義づけすると言いましたが、くっついている場所や形状だけで個々の筋肉を同定しているわけではないんですよ。各筋肉には脳ミソからの運動命令を伝えるための神経の枝が必ずセットになっており、この‘神経と筋肉の関係’は発生学的に非常に密接であることが分かっています。すなわち、母体のなかで胎児が成長していくずっとずっと初期の段階から、どの筋肉にどの枝が運動命令を伝えるかという組み合わせが決まっており、途中で変化したりするものではないため、個々の特徴や変異もある大人の体を解剖して、どの筋肉が何筋なのかを同定していくときにも、神経の枝が確実な手がかりになるということです。

さて、閑話休題。この報告では、一般的には‘ひとまとまり’と認識されている上腕筋の付着部を、一体一体の身体できっちり解剖し分けて比べていくと、実は頭が‘外側・中間頭・内側頭’と3つに分かれてる人が多いジャナイ!ということが確認できた、と模式図入りで示しています。そして、そのうち内側頭が最も深層に広い幅で付着しており、しかも肘関節の関節包(骨と骨のつなぎ目をつつむ袋状の構造)にくっついていることが分かったことから、肘関節が曲がったまま硬くなる(拘縮といいます)ような病態には‘上腕筋の内側頭’の影響が最も大きいのではないかと述べています。

さて、今回はなかなか難しい…というか、わりと地味な細かいお話になりました。肘関節を曲げる筋肉の中で、選択的に上腕筋だけをストレッチしたり筋トレしたりということはほとんどなく、目立たない立場ではありますが、深層で頑張ってくれている筋肉です。上腕二頭筋も腕橈骨筋も筋力を発揮しづらい‘手のひらを下に向けた状態での’肘屈曲(かるた読み札イラストのような‘招き猫ポーズ’)を行う際には、ちょっと上腕筋のことに思いを馳せてみてやってくださいね。

<プロフィール>

オークボアツコ

1978年3月生まれ。♀
本職は大学講師・理学療法士。その傍ら、絵の製作活動などやっています。
そんな諸々の素性が重なったご縁で、このたび「筋肉かるた」読み札の挿絵を担当させて頂きました。
趣味はランニングと飲酒を少々。筋トレでなく肝トレに励んでいる日々です。

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