オークボアツコの「筋肉豆知識」

オークボアツコの「筋肉豆知識」

後鋸筋

今回のかるたの読み札は「ぜいぜいと息が苦しいマラソンランナー 呼吸を支える上後鋸筋 下後鋸筋」。2個いっぺんにきましたね…。後鋸筋というのは、背中の、わりと深い層にある薄い筋肉です。脊椎と肋骨をつなぐように走行しており、上後鋸筋は首あたりから斜め下に走行して上部肋骨に、下後鋸筋は腰あたりから斜め上に走行して下部肋骨に付着しているイメージです。何本かの肋骨に分かれて付着している様子がノコギリの刃のように見えるので「鋸」という漢字があてられています。で、この筋肉が何をやっているかというと、上後鋸筋は肋骨を上に(首の方へ向かって)引き上げ、下後鋸筋は肋骨を下に(腰の方へ向かって)引き下げる役割を担っています。ただ、普段からものすごく働いている筋肉かというとそうではないのです。

後鋸筋がその動きに関わるという‘肋骨’は、呼吸を担う‘肺’を守る鳥かごの様な形をしています。しかし肺自体には自力で伸び縮みする機能はありません。以前ご紹介した「横隔膜」が収縮することで胸郭が膨らみ、中が陰圧になることで肺が膨らむ、これが息を吸う(吸気)という状態です。横隔膜がゆるんで陰圧状態がなくなることで肺がもとのサイズに戻る、これが息を吐く(呼気)という状態。つまり、呼気の場合は、筋肉は基本的に働かなくても大丈夫な構造になっています。(実際は、1本1本の肋骨の間は「肋間筋(ろっかんきん)」という筋肉がついていますので、まあこれも働くのですが…この筋肉についてはまた後日ご紹介しますね)。以上。

…つまり、安静時、私たちが普通に呼吸しているぶんには、後鋸筋のお話は出てこないのです。しかし、です。何らかの事情で、ものすごく酸素を取り込まなければならない事態に陥ると、私たちは‘がんばって呼吸をする’状態となります。例えば、最大に息を吸い込んでみてください。肺がもうぱんぱんになるまで。次は、最大に息を吐ききってください。肺がもうしわっしわになるまで。このように、意識的に頑張って呼吸をする状態を「努力呼吸」といいます。普段の呼吸ではここまでの最大吸気・最大呼気って行わないのですが、我々はここまでの肺の容量を一応持っているのです。このように、努力した吸気では上後鋸筋(や胸鎖乳突筋や斜角筋など)首回りの筋肉が一生懸命はたらいて肋骨を引っぱり上げて胸郭を広げますし、努力した呼気では下後鋸筋(や腹斜筋など)おなかや腰回りの筋肉が一生懸命はたらいて肋骨を引っぱり下げて胸郭をしぼませているのです。

さて、それではわたしたちが努力して酸素を取り込まなければならない状況ってどんな時なのでしょう。呼吸で取り込まれた新鮮な酸素は、血液中に取り込まれて全身を巡ります。つまり全身の細胞が生きるために酸素が必要なんですよね。酸素がなかったら全身の細胞が死んじゃうわけです。なので、例えば強度の高い運動時。全身の筋肉の細胞が普段よりフルに、活発に働かなければならない状況では、普段以上の大量の酸素が必要になります。マラソンなどの持久的な運動もそうですよね。普段より息が上がり、ぜいぜいと肩で呼吸をするような状態…これも努力呼吸です。横隔膜と肺の弾力だけじゃ足りないのです。呼吸を補助するその他の筋肉(まとめて呼吸補助筋と呼びます)まで総動員して一生懸命胸郭を広げたりすぼませたりするのです。

うーん、2年ほど前からランニングを始めたワタシには、他人事ではありません。自分の話で恐縮ですが、運動音痴のわりに仕事で比較的身体をよく動かすためか、練習を始めた頃、意外と脚などは(ひどい筋肉痛以外は…)つらくならなかったのです。しかし、とにかく呼吸ができなくて、すぐに息が上がってしまい、それがキツくってもうバテバテでした。毎回毎回、走るたびに必死の努力呼吸。多分そのせいもあって、首回りと腰回りがナゾの(と当時は思っていました…呼吸補助筋まで思いが至らなかったのです。うかつ。)疲労感と筋肉痛に苛まれていたのです。今でも速度を上げて走ったりするとすぐぜいぜいとなりますが、まあ多少は楽に長距離走れるようになりました。つまり、呼吸に関わる筋も、トレーニング次第で筋力がつくわけです。そうすると胸郭が大きく動かせるようになるため、1回1回の呼吸での換気量(肺に取り込んだり吐き出したりする空気の量)が上がり、結果、浅い激しい苦しい呼吸を繰り返さなくてもよくなるのですね。

この努力呼吸、たとえばひどい気管支ぜんそくなどの、気道が狭くなってしまっている状態などでも起こりますし、本来呼吸で使うべき横隔膜や肋間筋が弱くて使いにくい場合などにも起こります。安静呼吸で本来は使わなくてよいはずの呼吸補助筋は、毎度毎度使うには効率も悪く、エネルギーもかなり消耗します。疲労がたまって筋肉が硬くこわばり、肩こりや腰痛の様な嫌な痛みにつながることもあるでしょうし、そうすると結果的に肋骨自体の動きが悪くなってしまうことも考えられます。

上後鋸筋、下後鋸筋はそれぞれ背中の深層の薄い筋肉なので、特に選択的にこれを筋トレする必要はないだろうと思います。そうですね、普段、息が上がるようなスポーツ活動などをする機会がなく、深呼吸をする機会も特にないような方は特に、自分の胸郭を時々最大限に膨らませたりしぼませたりする刺激を入れてみることにしましょうか。左右の脇腹、肋骨のあたりに両手を置きます。肋骨が大きく左右に広がる様子、そして少し上方に引き上げられる様子を手のひらで感じながら、ゆっくりと鼻から大きく大きく息を吸いましょう。この時、両肩が上がってしまわないように。肩甲骨の位置は落ち着けたまま、最大限に胸郭を膨らませます。そこで5~10秒ほど息を止めます。その後、肋骨が中央に向かって細く細くすぼまる様子、特に肋骨下部が体の中央に向かって少し引き下げられていく様子を手のひらで感じながらゆっくりと口をすぼめて息を精一杯はき出します。身体に変な力が入らないように気を付けながら、胸郭の可動性を感じてください。時間のある時にでも、10回程度繰り返してみてください。身体の隅々まで酸素が生きわたり、身体がぽかぽかしてくると思います。使わない部分は、どんどん退化していきます。いざというときしっかりと肺を使っていけるよう、普段休んでいる後鋸筋も時々は意識的に使ってあげて、胸郭の柔軟性を維持していきましょうね。


<プロフィール>

オークボアツコ

1978年3月生まれ。♀
本職は大学講師・理学療法士。その傍ら、絵の製作活動などやっています。
そんな諸々の素性が重なったご縁で、このたび「筋肉かるた」読み札の挿絵を担当させて頂きました。
趣味はランニングと飲酒を少々。筋トレでなく肝トレに励んでいる日々です。

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