オークボアツコの「筋肉豆知識」

オークボアツコの「筋肉豆知識」

前鋸筋

今回は「ぜんきょきん」です。「きょ」は「ノコギリ」という漢字ですね。場所は脇の下というか、肋骨の側面にあり、肩甲骨の裏までを繋げて走行しています。この肋骨に付着している部分がギザギザとしてノコギリの歯のように見えるので、こんな名前がついています。身体にある骨は、他の骨と「関節」を形成して頑丈に連結していますが、肺などの内臓を鳥かごのように包む肋骨と、肩から背中にかけて存在する肩甲骨は、位置関係として互いに隣り合ってはいますが、強固な関節は形成していません。肋骨でつくられた鳥かご(胸郭といいます)の上に肩甲骨が乗っかっているだけで、筋肉によってその間が繋がれており、各筋肉の収縮によって肋骨の上を肩甲骨が引っ張られ、表面をすべるように移動する仕組みになっているのです。

ためしに、肘を伸ばしたまま片腕を前方に90°挙げてみてください(片腕で「前へならえ」の要領です)。手は…そうですね、拳を握りましょうか。ここから、胴体を動かすことなく、「肩甲骨を前へスライドさせて」拳をもう一個分ほど、前へ突き出すことが出来ますよね(肩から前に突き出すイメージです)。例えば、ボクシングの選手が腕の長さ以上のリーチを素早く強く繰り出してストレートのパンチを打つときなどに重要な動きです。この、肩甲骨を前方にスライドさせる動きを担当しているのが前鋸筋で、そのまま「ボクサー筋」などと呼ばれることもあるようです。この肩甲骨の前方への動きは、球技における投球動作やテニスラケット、ゴルフクラブを振る動きなどにももちろん関係しますよね。拳や球を遠くに力強く、しかも正確に飛ばすためには、腕の力だけでは不十分で、体幹の回旋力や、肩甲骨の動きも大きく影響してくるのです。

なお、肩甲骨は後方から見ると逆三角形の形をしており、一番下が尖っています(この部分を下角「かかく」と言います)。前鋸筋が働くと、肩甲骨が前方へスライドするのと伴に、この下角部分が少し上方に引っ張られて回旋します。両腕を上げ「前へならえ」したポジションで両掌を壁につき、さらに前鋸筋を働かせて(肩を丸めるように)両手を前へ突き出して壁を押すと、肩甲骨は「ハ」の字のように下角同士が外に開くようにしながら脊椎から離れる方向へ前に移動します。しかし、この前鋸筋が顕著に弱かったり、前鋸筋を収縮させるための神経に異常があったりしてうまく働かない場合、変わった現象が起こります。筋肉の収縮によって肩甲骨をぴたりと胸郭に密着させておけないため、肩甲骨の内側から下角までが肋骨から浮き上がってしまうのです。この浮き上がった肩甲骨がまるで鳥か天使の翼のように見えるので、この現象には「翼状肩甲(よくじょうけんこう)」という若干メルヘンな名前がついています。前鋸筋を収縮させる運動命令は「長胸(ちょうきょう)神経」という神経が伝えているのですが、この神経、その走行経路により、思いがけないことで麻痺してしまうことがあるんです。その名も「リュックサック麻痺」という…名前を聞いていただければもう原因そのままの神経麻痺なのですが、長胸神経はちょうどリュックの紐が通る部分を走行しているため、登山などで重いリュックサックを長時間背負うことなどで神経線維が圧迫され、麻痺の原因となることがあるのです。まあ、神経が切断されたり傷ついたりしたわけではなく、単なる軽い圧迫で生じる麻痺については、おそらく症状は一時的であるものが多く、無理せず安静を保つことで徐々に回復するとされていますので、あまり深刻になることもないですが…重い荷物で同じ個所ばかりに負荷がかかる状況というのはあまりよくないですね(他にも恋人に一晩中腕枕をして腕が圧迫されることが原因となる「サタデーナイト麻痺」、別名「ハネムーン麻痺」などがあります。笑)。

ちなみに、この「筋肉豆知識」では、これまでにも、肩甲骨の動きに関わる筋肉をいくつかご紹介してきました(菱形筋、肩甲挙筋など)が、最近テレビや雑誌、webなどで「肩甲骨はがし」なる言葉が知られるようになってきています。なんか想像すると名前が怖いですけど、胸郭と肩甲骨の間が凝り固まって動きが悪くなっていると肩こりや代謝に悪影響が出やすいので、「くっついてしまった肩甲骨を胸郭からはがすように」滑走性を良くし、動きやすくした方がいいよという意味のようですね。前述したとおり、胸郭と肩甲骨の間は硬い靭帯などで連結されているわけではありませんから、入れようと思えば胸郭と肩甲骨の間に指を深く差し入れていくことさえできます(限度はありますが)。

あ、雑談ですが、有名なハリウッドスターの中に、肩甲骨をほぼ自在に柔軟に動かすことが出来る人物がいらっしゃるんですよ。レオナルド・ディカプリオ氏です。彼が「タイタニック」等で有名になる以前の作品に、フランスの詩人、アルチュール・ランボオ役で出演している、邦題「太陽と月に背いて」(英語原題「Total Eclipse」)の中に、上半身裸の若く美しい彼が、両腕を挙げ、両方の肩甲骨の下角をキュっと寄せて、その下角でワインボトルのコルクをポンと抜くシーンが出てくるのです。何でもこの「特技」、ディカプリオ自ら監督に提案したという話です。残念ながらこのDVD、レンタルでもあまり取り扱われていませんし、日本語版の価格はかなり高騰しています。もし何かの機会があればそのときはぜひ見てみてください(もしくは、同じ特技を持つ人がいたらお便りください)。

さてさて、彼ほどではなくても、肩こりに悩まされがちなデスクワークの読者さま、またはスポーツのパフォーマンスを上げたい、もしくは肩まわりの怪我を予防したいとお考えの読者さまに、自分でできる簡単な前鋸筋のストレッチと運動をご紹介しておきます。前鋸筋だけではなく大胸筋や小胸筋なども一緒に伸ばされる位置関係になりますが、身体の後ろで両手を組んで、ぐっと胸を張る(両方の肩甲骨を中央に寄せる)状態で大きくゆっくり息を吐きながら姿勢をキープします。腕の付け根から脇腹がしっかり引き伸ばされる位置まで手を上方に挙げてしっかり胸を張ってくださいね。肩が硬くてツラいよ、という方は、両手を組む代わりにタオルの両端を両手で掴んでもらっても構いません。気が向いたときに10回程度、痛みが出ない範囲でゆっくり行ってみてくださいね。元の姿勢に戻ると、肩甲骨周りから腕にかけて、ふわ~っと血流が促進される感じを味わえるのではないかと思います。どうも肩甲骨の前方への動きが悪いぞ、と感じる方は、就寝前、あおむけに寝て両腕を「前へならえ」し、左右交互に肩甲骨を床面から離して前方へリーチ、を左右10回×3セット行ってみてください。身体を捻るのではなく、あくまでも肩甲骨の動きで。そうですね、あおむけに寝た状態でお相撲の「張り手」練習をするような印象でしょうか。しっかり肩甲骨を動かし終わると、これも血行がふわ~っと良くなる感じがしますよ。これから寒くなりますし、肩甲骨をなめらかに動かして、ぽかぽか暖かに過ごしていきましょう!


<プロフィール>

オークボアツコ

1978年3月生まれ。♀
本職は大学講師・理学療法士。その傍ら、絵の製作活動などやっています。
そんな諸々の素性が重なったご縁で、このたび「筋肉かるた」読み札の挿絵を担当させて頂きました。
趣味はランニングと飲酒を少々。筋トレでなく肝トレに励んでいる日々です。

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