オークボアツコの「筋肉豆知識」

オークボアツコの「筋肉豆知識」

広背筋

広背筋(こうはいきん)は、文字通り背中を広く覆うように走行している筋肉です。筋肉の線維は骨盤に付着し、背中を通って、反対側の端っこは脇の下を回り込むようにして上腕骨に付着しているため、この筋肉が働くと、腕が背中(の下)側に引きつけられます。表層に存在する筋肉なので、ここが発達している人は目で見てその形がわかる場合も多いです。水泳選手やボクサーって、腰から脇へかけての背中のラインがきれいな逆三角形になっている方がほとんどですが、まさにその逆三角形の立役者です。例えば水泳では、クロールでも平泳ぎでも(一番はバタフライでしょうか)、水を両手でかいて前方へ進むとき、腕だけパチャパチャやっても大きな推進力は生まれないので、広背筋を使って腕を大きく背中側に引き上げる動作が必要になります。水泳選手たちの身体は肩関節周囲の筋肉が大きく発達しているため、ついそちらに目を奪われがちですが、その下の広背筋部分にも着目してみてください。

また、格闘技がお好きな方は、ブルース・リーの広背筋が素晴らしく鍛え上げられていることをご存知かもしれません。ピンと来ない方は、ぜひ一度画像検索などしてみてくださいね。例えば柔道などのように、相手の道着をつかんで自分側にぐっと強く引き寄せる時など、肘を曲げる筋力だけでは弱いため、広背筋を使って腕ごと自分の体に引きつけるように力を発揮します。逆に、ボクサー等の打撃の動作を考えると、これも腕の力だけで拳を突き出すより、大きく背中側に腕を引きつけたところからパンチを繰り出す方が、桁違いに強い打撃力を生み出すことができるのをイメージできるかと思います。かつ、見落としがちですが、広背筋は拳を突き出した際の「ブレーキング・マッスル」としても働いています。勢いよく全力で繰り出したパンチの力が強すぎて、肩関節がボコンと外れたりしてしまっては困るわけで、何らかのブレーキ機構が必要です。もちろん肩まわりの筋肉や靭帯も脱臼を防いでいますが、瞬間的に広背筋が腕を引き戻す方向に防御的に収縮することで、胴体から腕が外れたりしてしまわないようになっているのです。したがって、パンチ力の強い格闘家ほど広背筋の筋力も必要とされ、筋肉が大きく発達することになるのですね。

と、ここまで「腕を背側に引きつける」作用に関係することを書いてきましたが、今度は逆の視点から。腕の位置が固定されていた場合、この筋肉はどのような働きを担うかについてお話ししますね。一例ですが、交通事故や高所からの落下事故などで、脊髄が破壊される(=脊髄損傷)ことで、損傷部位以下への運動指令が届かなくなり、下半身不随(対麻痺といいます)となる患者様がおられます。このような方は、機能を失った自分の脚の代わりに、車椅子を日常の移動手段として使われる場合が多いのですが、ずっと座り続けていることで、問題が生じる場合があります。同じ部分(特に坐骨結節などの骨突出部に)常に圧がかかり続け、血行不良となるため、床ずれのような状態になってしまうことがあるのです。我々も硬い床などに長時間座っているとお尻が痛くなってきて、モゾモゾ動いて体重のかかるところを変えたりするわけですが…患者様によっては、こんなふうに自分のお尻を自力で動かして調節することができない場合も多いわけです。また、脊髄が寸断されていることで、「痛い」とか「なんか変だな」といった感覚の伝わりも障害されていることが多く、気づかないうちに傷がひどくなって行く可能性も多いのです。なので、リハビリテーション現場では、患者様に、定期的に座面からお尻を浮かせて圧を逃がす(徐圧といいます)動作が必要であることを説明し、動作練習を行います。手や腕の力で車椅子の肘掛部分を下に押し(プッシュアップ)、お尻を座面から離すのです。ただこれ、やってみると分かるのですが、腕の力だけでは結構難しいのです。特に日本人は腕も短いし筋力も弱いですしね。ここで使うのが腹直筋や広背筋などの、胴体部分(体幹)の筋肉です。腕を固定して身体を押し上げたところから広背筋を収縮させると、骨盤を上後方に引き上げる動きが生まれます。意識しづらい筋肉の使い方なので、コツをつかんで動作に習熟できるまで繰り返し練習を行います。試しに、今座っている椅子の座面に手のひらをついて、自分の身体を持ち上げてみてください。腕の力だけではお尻を浮かすことが難しいのではないでしょうか。そこから体幹筋を使って骨盤を引き上げる…ね、理解して習得するまで結構大変ですよね。何の動作でもスポーツでも同じですが、慣れていない動作を学習し身につける、すなわち「運動学習」には、地道な反復練習が必要です。読者の皆さまの中には、インストラクターやセラピストなど、他者に運動指導を行うお仕事の方、またその卵も多いのかもしれません。対象者に獲得させたい動きを自ら十分理解し、そのコツを上手に伝えて理解させ、うまくできた時は賛辞を送るなどして成功体験を積ませることで、地味になりがちな反復練習のモチベーションをしっかり保たせてあげること。…こういったことが運動学習をスムーズに進めて行くための基本になるのではないかなと思います。

さて、広背筋に話を戻しまして。特別な道具を使わず広背筋を鍛えるにはどうしたらよいか、というと、例えば懸垂、別名チンニング(女性にとっては厳しいかもしれないですが)。鉄棒に順手でぶら下がり(逆手で鉄棒を握ると腕への負荷の方が大きくなってしまうため)、腕で体を引き上げるというより、脇を締めるようなイメージで体を引き上げます。肘が身体の後方に来るくらいまで腕を引き、背中に力が入っているのを感じましょう。ここから下ろして行く時も、できるだけゆっくり背中を意識しながら下ろします。コツは、猫背にならず、両方の肩甲骨を真ん中に寄せて行くように脇を締め肘を引きながら体を持ち上げて行くこと。自分の体重を負荷に使うことで、機器や道具を使わなくても高負荷の筋力トレーニングが可能な良い例ですね。どの筋に効かせたいか、どの筋が収縮しているかをその都度意識しながら行うことで、目的以外の筋肉による代償を防ぎ、少ない回数でしっかり効かせることができます。もう限界!という回数まで行ったらいったん休み(3分ほど)、さらにまた疲労困憊まで1セット。某少年漫画に登場するキャラクターの背中のように、各背筋がくっきりと盛り上がり、まるで鬼の表情のようになるまで鍛え上げることができるかも(これ、何の漫画かわかる方、どのくらいいらっしゃるでしょうか…)。

終わったら、両手を前で組んで背中を丸めるようにストレッチ、また、両手を頭上で組んで身体を左右にゆっくり曲げて脇腹をストレッチしておきましょう。しなやかで強靭な背中から腰のラインがあれば、安物Tシャツだって一流に見えるはず。あ、懸垂が無理~って乙女たちは、タオルを鉄棒にみたててエア懸垂をどうぞ。しっかり筋肉の収縮に意識を向けて、美しいラインを作っちゃいましょう!


<プロフィール>

オークボアツコ

1978年3月生まれ。♀
本職は大学講師・理学療法士。その傍ら、絵の製作活動などやっています。
そんな諸々の素性が重なったご縁で、このたび「筋肉かるた」読み札の挿絵を担当させて頂きました。
趣味はランニングと飲酒を少々。筋トレでなく肝トレに励んでいる日々です。

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