オークボアツコの「筋肉豆知識」

オークボアツコの「筋肉豆知識」

僧帽筋

僧帽筋という名前は「お坊さんの帽子に似ているから」ついた名前だそうです。お坊さんって帽子かぶってたっけ、と不思議に思われる方もいらっしゃるかと思います。ここで言う「僧」はカトリック教会の一派であるカプチン会の修道士のこと、帽子というのは彼らの服についている長頭巾(いわゆるフード)のことです。背中に長く三角形に垂れている形に、この僧帽筋は似ているという事なのですね。カプチン会とか知らねーよ、と思ったそこのあなた。「カプチーノ」はご存知ですよね。あれも同じ語源だそうです(カプチーノの色がこの修道士の服の色と似ているため、とか、コーヒーの表面を白いスチームミルクの泡が覆う様子が、てっぺんを剃った修道士の髪型に似ているため、とか諸説あるようですが)。

さて、僧帽筋は首と左右の肩先から背骨にかけてタテに長い菱形っぽい形状をしており、背中の表層を広く覆っています。太い首から肩、背中にかけてのガッシリした筋肉のラインは、男性らしい逞しい肉体の象徴とも言えますが、これにはちゃんと道理があるのです。そもそも筋肉が女性より男性で大きく発達しやすいのは、男性ホルモン(テストステロン)の影響です。テストステロンは身体の筋肉の割合を増やし、脂肪の割合を減らす作用があるのですが、筋肉の中でもテストステロンがより影響するのが肩や腕回りの筋肉、特に僧帽筋だと言われています(逆に言うと、下半身の筋肉量は男女差が出にくいようですよ)。僧帽筋には「アンドロゲン受容体」という物質が他の筋より多く存在し、テストステロンがこれと結合することで、タンパク質の合成が促進し筋肥大につながります。つまり僧帽筋は、特に男性では、トレーニングによる筋肥大が非常に生じやすいということですね。同じ理由で、筋力増強を目的としたアナボリック・ステロイド(テストステロンの類似物質)によるドーピングでは、身体のどの部位よりも僧帽筋にステロイドが作用しやすく、ここの筋肥大が生じやすいことが知られています。したがって、あまりにも大きく肥大した僧帽筋は、ボディビルダー界では「ドーピングしている証拠」と見られたりするのだとか。

ちなみに僧帽筋は、肩こりの主な原因筋としても知られています。私たちは「肩がこる」という言葉を普通に使っていますが、この表現、一説によると夏目漱石の造語らしいですよ。「門」という作品の中に、「首と肩の継ぎ目の少し背中に寄った局部が石のように凝っていた」との表現が出てきます。これを機に「肩がこる」という表現が一般化し、日本人は「肩の筋肉が硬くなって不快な状態」を症状として自覚するようになったようです。たしかに、「肩こり」という名前を持たない英語圏では、同じ症状を「硬い首」とか「背中の痛み」と表現したりします。

この「肩こり」、日本国民の訴える不調の中で、男性では2位、女性では1位と非常にメジャーな症状です。鉛がつまったような重苦しい不快感…なぜこのようなことが起こるのか。それは、僧帽筋が、両腕の重さ(ビール大瓶3本分×2)と頭の重さ(スイカ1個分)を常に支えていないといけないからです。パソコン作業など、同じ姿勢を長くとり続けていると、僧帽筋は持続的緊張を強いられて常に硬い状態となり、血液の循環が悪くなります。 こうなると、本来ならば血液の流れに乗って運ばれるはずの酸素や栄養分がうまく届かないのに加え、発生した疲労物質(≒老廃物)が流れていかないため蓄積し、これが不快感や痛みの原因になるのです。 さて、「姿勢の悪い人」は特に肩こりになりやすいと言われますが、この理由を付け加えておきましょう。立位姿勢を横から見たとき、耳たぶの位置と、肩の頂点の位置との関係はどうなっているでしょうか。この2点が垂線上に並ぶのが、最も筋肉に負担のかかりにくい「正しい」アライメントなのですが、現代人は肩先より頭部がずっと前方に突出しているタイプが多いのです。重い頭部が重力で下に落ちようとするのを、首から肩の後面にある筋群が頑張って引っ張り上げている…つまり、姿勢の良い人に比べてずーっと僧帽筋に負担がかかり続けている状態になるのです。

ひどいと頭痛や吐き気まで引き起こす場合もある、やっかいな肩こり。重症例には筋弛緩剤などが処方される例もあるようですが、根本的な解決にはなりませんよね。まずは普段の頭の位置に気をつけること。姿勢のクセって、なかなか治るものではありませんが、時々意識して頭を正しい位置に戻して過ごしてみる時間を持ち、習慣化できるといいですね。凝り固まった僧帽筋の緊張を和らげ、血流をアップさせるには、心地いい程度の温熱も効果的です。蒸しタオルなどで温めたり、お風呂でしっかり身体を温めた後、こりを感じる首や肩の後ろをゆっくりストレッチすると緊張がゆるみやすくなります。固まった状態を慢性化させないよう、仕事やゲームやスマホ操作の合間にも適度な休憩を入れ、深くうつむいて首の後ろを伸ばしたり、天井を大きくあおぎ見て、お疲れの僧帽筋をたるませてみたり、ゆっくりと首や肩甲骨を回したりと、ゆるやかな運動で首・肩周りをほぐしてみてください。強い力でもみほぐそうとすると、かえって筋にダメージを与え、防御的に筋が収縮して逆に硬さを増してしまうことがありますので要注意。…さ、ということで、一生懸命この原稿を書いていたら肩がこりました。ではでは今回はこの辺で。


<プロフィール>

オークボアツコ

1978年3月生まれ。♀
本職は大学講師・理学療法士。その傍ら、絵の製作活動などやっています。
そんな諸々の素性が重なったご縁で、このたび「筋肉かるた」読み札の挿絵を担当させて頂きました。
趣味はランニングと飲酒を少々。筋トレでなく肝トレに励んでいる日々です。

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