これが本当の健康づくり運動

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第10回 腰背部のストレッチング

【腰背部のストレッチングが必要な場合】
 第2回で、腰背部のストレッチングの一つと考えられている「立位体前屈」の問題点を指摘しました。このときには、「加齢に伴って脊柱の屈曲性が低下することはあまりなく、低下しやすいのは股関節の屈曲性であり、これを予防するためにはハムストリングのストレッチングが必要である」ことを紹介しました。また、腰痛を予防するうえで必要性が高いのはハムストリングのストレッチングであり、腰背部のストレッチングではないこともお伝えしました。ただし、すでに腰部に障害を有する場合は、傷みに対する防御反応の「結果」として腰背部の柔軟性が低下することがあります。この場合は、腰痛を和らげるためや、日常動作を改善するためや、競技能力を高めるために、腰背部の柔軟性を高めるためのストレッチングを行う必要があることがあります。
 腰背部の障害にはさまざまなものがあり、ここでは、あくまでも、医師から腰背部の柔軟性を高めるようにいわれている場合に限るとして、話を進めたいと思います。

【鋤(スキ)のポーズ】
 図1に示したようなストレッチングがあります。スキのポーズとよばれます。

図1 スキのポーズ
図1 スキのポーズ

 この絵を上下逆さまにすると、腕を除いて、長座体前屈に近い姿勢になります。そこで、このストレッチングの目的は、腰背部と、股関節および大腿部の後面を伸ばすことにあると考えられます。
 しかし、このストレッチングには、いくつかの問題点が考えられます。
 腰背部と、股関節および大腿部の後面のストレッチングである可能性はあるものの、それでは、これらの部位のうち、どこを重点的に伸ばすストレッチングであるのかが明確ではありません。複数の関節を同時に伸ばすストレッチングの場合、主に柔軟性が優れている部分で全体の屈曲性が決まり、柔軟性を高める必要がある部位は、当然のことながら柔軟性が不足しているので十分に伸びません。結果的に、柔軟性が優れている部分をさらに伸ばすストレッチングにしかならず、柔軟性を高める必要がある部分のストレッチングとしてはあまり役に立ちません。伸ばしたい部分を集中してストレッチできる方法を考える必要があります。

【頚椎の負担】
 より問題が大きいのは、頚椎に加わる負担です。基本的には、腰椎や胸椎と同様、頚椎も椎骨が積み重なった構造をしています。しかし、腰椎や胸椎にはない、頚椎特有の構造上の特徴があります。それは、環椎(図2)と軸椎(図3)の存在です。

図2 環椎
図2 環椎

図3 軸椎
図3 軸椎

 頚椎の構造の解説をする前に、試していただきたいことがあります。
両足の間隔を肩幅程度にして真っすぐ立ちます。その両足が動かないように注意しながら、どちら方向でもかまわないので、ゆっくりと振り返って、後ろを見てください。そして、頚椎、胸椎、腰椎のどこが最も回旋するか確かめてください。腰椎はほとんど回旋しません(*1)が、胸椎は比較的よく回旋します。そして、もっとよく回旋するのは頚椎です。その理由は、椎骨の構造が違うからです。
 (*1) 股関節による骨盤の回旋と腰椎の回旋を混同しないように、骨盤を固定して確認すること。
 胸椎が回旋するのは、椎間板の上で椎体がずれるからです。ずれるだけですから、限界があります。これに対して、頚椎が回旋しやすいのは、回旋する特殊な構造をもっているからです。それが、軸椎と環椎です。手の親指を立て(Good!のサイン)、その立てた親指にドーナッツの穴を被せた様子を想像してください。立てた親指が軸椎で、ドーナッツが環椎です。親指を軸として、ドーナッツをぐるぐる回すことができるはずです。これと同じように、頚椎を、結果的に頭部を回旋させて、私たちは横や後ろを見ることができます。
 頚椎は7つありますが、このうちの第1頚椎が環椎で、第2頚椎が軸椎です(図4)。

図4 頚椎
図4 頚椎

 運動の指導者は、指導を受ける人たちよりは柔軟性は優れているはずです。そうでなければ、よい見本が示せません。ところが、これが原因で、柔軟性が不足している人の身体にどのような負担が加わっているかが想像できないことがあります。
股関節や脊柱全体の柔軟性が十分な場合は、スキのポーズを行った際に、無理なく、両足が床に届きます。膝まで床に届く人もいます。ところが、柔軟性を高める必要がある人は柔軟性が不足しているわけですから、簡単には、床に足が届きません。この結果、頚椎を強く屈曲させることになります。ところが、すでに説明したように、第1頚椎と第2頚椎は、お互いにはまりこんでいるため、屈曲しません。この結果、指一本ほどの太さの骨(軸椎)で、全体重を支えることになってしまいます。
想像してください。指一本で、腕立て伏せをすることがいかに大変か。「もし、バランスを崩したら」などと考えると、考えるだけでも恐ろしくありませんか。

【頚動脈の負担】
 さらに問題なのは、頚椎を深く曲げることによって頚部の動脈が圧迫される恐れがあることです。頚動脈は、運動中の脈拍を数える時にも利用されることがあるので、どこにあるのかは御存じだと思います。これらの頚部の動脈が頭蓋骨の中に入る際に、図2で示した環椎の「椎骨動脈溝」や「横突孔」を通過します。ということは、頚椎を強く屈曲させるようなことを行うと、頚部の動脈が押しつぶされてしまう恐れがあることになります。

【血流の問題】
 仮に、頸動脈が圧迫されなかったとしても、別の心配もあります。
 立位や座位などの普通の姿勢では、頭部は心臓の上にあります。心臓は、自分よりも上にある脳に十分量の血液を送るために、血液に圧力を加えて送りだします。これが血圧です。頭が下になるスキのポーズでは、重力で頭蓋内に血液が流れ込みます。ところが、スキのポーズでは、頭よりも大きな下半身が、心臓よりも上になるので、心臓はより強い力で血液を送りだす必要があります。この結果、多量の血液が強い圧力で脳に流れ込むことになります。
もし、脳の動脈が硬化を起こしてもろくなっていたり、女性に比較的発生率が高い先天的な動脈瘤があったりすると、動脈が破裂して、脳出血を起こす恐れがあります。また、糖尿病で細静脈がもろくなっているような場合には、目の網膜の出血である眼底出血を起こし、失明する恐れもあります。

【安全な腰背部のストレッチング】
 何も好き好んでスキのポーズのような姿勢で行わなくても、腰背部、股関節および大腿部後面をストレッチする方法は、他にいくつも考えられます。
 腰背部と股関節後面のストレッチングとしては、図5に示した方法がお勧めです。両膝をそろえると、膝が胸につかえてしまって、目的とした部分を十分に伸ばすことができないことがあるので、両膝は離して行います。主に大殿筋などの股関節後面の骨格筋を伸ばしたい場合は、お尻が床から離れないように注意しながら、膝を床に押し下げるように行ないます。腰背部を伸ばしたい場合は、お尻が床から離れるように、膝を胸の方に引きつけるように行ないます。
 大腿部後面(ハムストリング)のストレッチングは、第2回で紹介した方法で行ってください。

図5 腰背部のストレッチング
図5 腰背部のストレッチング

【最後に】
 しばしば目にする運動の中に、安全性や効果に問題があるものがたくさんあります。今回は、スキのポーズの問題点を紹介しました。
 スキのポーズの問題点をワークショップなどで話すと、「ヨガでは、基本的なポーズとして必ず行われるが、止めたほうがよいのか」と聞かれることがあります。私の答えとしては、「止めたほうがよい」です。
私はヨガについては詳しくありませんが、ヨガは、座禅と同じ、精神修業の一手段だと思います。現在では、健康増進の一手段と考えられているようにも見受けられますが、ヨガの発祥地であるインド人の平均寿命と日本人の平均寿命を比べてみれば、やはり、物事は科学的に判断したほうがよいのではないかと思います。
 なお、本文中でもお断りしましたが、腰痛のなどの腰背部の問題を改善するために腰背部のストレッチングを行なう場合は、必ず、専門医の指導にしたがって行なってください。


<プロフィール>


西端 泉(にしばた いずみ)

川崎市立看護短期大学教授、日本フィットネス協会理事

主な研究テーマ:
高齢者の体力・健康を維持・増進するためのレジスタンス・トレーニング
安全性を優先した健康づくり運動の開発
認知症予防・改善のための運動
発達障害を有する子どものための運動


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