これが本当の健康づくり運動

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第7回 腹筋運動(上体起こし運動) [前編]

【シットアップとカールアップ】
 現在、行われることが比較的多い腹筋運動にシットアップとカールアップがあります。 今週と次週の2回にわたって、この2つのエクササイズを取り上げます。
まず、この2つの腹筋運動の違いを確認しましょう(図1)。

図1 シットアップとカールアップ
図1 シットアップとカールアップ

シットアップでは、1から4の姿勢まで変化する。これに対して、1から2までしか行わないのがカールアップ。

 以前から行われてきているシットアップでは、仰向けの姿勢(仰臥位)から、座位姿勢まで上体を起こします。このため、この運動は、日本語では「上体起こし」ともよばれます。カールアップでも、スタートの姿勢は同じ仰臥位で、そこから徐々に上半身を起こしています。ただし、肩甲骨が床から離れたところで、腰椎がまだ床についているところで起き上がるのをやめ、元の仰臥位に戻ります。
 別の言い方をすると、ベルトラインが床から離れるまで上体を起こすのがシットアップで、ベルトラインが床から離れるほどには上体を起こさないのがカールアップです。
解剖学的に言うと、シットアップもカールアップも、脊柱は屈曲させます。しかし、シットアップではさらに骨盤も起こす(股関節を屈曲させる)のに対して、カールアップでは骨盤は起こしません。

【シットアップとカールアップで活躍する骨格筋】
 多くの人は、シットアップは腹筋を強化する運動だと思っています。恐らく、ほとんどの体育の教師もそう思っていることでしょう。でも、実は、「上体起こしイコール腹筋運動」という考え方は、半分は正解で残りの半分は不正解です。
図1を使って説明します。1から2の動作は、シットアップでもカールアップでも共通して行われる部分です。この動作では、脊柱が屈曲します。仰臥位で脊柱を屈曲させるのは主に腹直筋です。腹直筋の起始部(骨格筋が始まるところ)は胸骨にあり、腹直筋の停止部(骨格筋が終わるところ)は恥骨にあります(図2)。

図2 腹直筋
図2 腹直筋

仰臥位で腹直筋が短縮すると、胸骨と恥骨がお互いに引き寄せられます。多くの場合、下半身よりも上半身の方が軽いので、上半身が恥骨の方向に引き上げられます。
 恥骨は骨盤の前下方にあります。この部分が腹直筋の短縮によって上半身方向に引っ張られると骨盤は後方に傾くことになります(図2)。この動きは解剖学的には骨盤の後傾とよばれます。ただし、仰臥位ではすでに骨盤は寝て床についているので、さらに後傾する事はなく、床に押し付けられるだけです。つまり、腹直筋のみの活動であるならば、骨盤は起きません。
 そこで、シットアップで、図の1の3のように骨盤が起き上がってくるのは、腹直筋以外の骨格筋の働きであることになります。その役割を果たしているのは腸腰筋(ちょうようきん)です(図3)。

図3 腸腰筋(大腰筋と腸骨筋)
図3 腸腰筋(大腰筋と腸骨筋)

 腸腰筋は、腸骨筋(ちょうこつきん)と大腰筋(だいようきん)をあわせたよび名です。腸骨筋は、骨盤を構成している骨の一つである腸骨と、大腿骨をつなぐ骨格筋です。このため、腸骨筋が短縮すると、骨盤の前上方と大腿骨がお互いに引き寄せられます。立位ならば、大腿骨が屈曲し、膝が上がります。仰臥位では、骨盤の上部が前方に引っ張られ、骨盤が起きてきます。
 腸腰筋を構成しているもう一つの骨格筋である大腰筋は、腰椎と大腿骨をつなぐ骨格筋です。このため、大腰筋が短縮すると、腰椎と大腿骨がお互いに引き寄せられます。腸骨筋同様、立位ならば、大腿骨が屈曲し、膝が上がります。仰臥位では、腰椎が前上方に引っ張られ、上体が起きてきます。ときどき、上半身よりも下半身の方が軽い人がいて、このような場合には、上半身が持ちあがる前に脚が浮いてしまい、うまく動作が行えないことがあります(必ずしも腹筋が弱いわけではない)。このような場合には、足を床に固定する補助が必要になります。
 つまり、シットアップは純粋な腹筋運動ではなく、同時に腸腰筋運動でもあるのです。大腰筋は、筑波大学の久野譜也教授が、介護予防に重要だとして取りあげ、「大腰筋トレーニング」として話題になったこともあるので、なじみのある骨格筋かもしれません。このため、シットアップを行って大腰筋を強化することは良いことのように思えるかもしれません。

【シットアップの問題点】
 脊柱の構造は、すでに第2回で解説したように、缶詰めのような形をした椎体を積み重ねた柱構造をしています(図4)。そして、脊柱の可動性のために、椎体と椎体の間には、椎間板とよばれる関節間軟骨が存在します。

図4 脊柱の構造
図4 脊柱の構造

 脊柱に縦方向(脊柱の軸方向)の圧縮力が加わると、椎体と椎間板にも圧縮力が加わります。若くて、骨が丈夫で、椎体の強度が高い場合は、椎間板の方が弱いので、圧縮力が大きすぎると、椎間板がつぶれてしまい、椎間板ヘルニアを起こす恐れがあります。高齢者などで、骨粗しょう症によって椎体が弱くなっていると、椎間板よりも先に椎体がつぶれてしまい、椎体の圧迫骨折を起こします。
 腰痛を予防する目的で実施する腹筋運動の最中にも、椎間板や椎体に圧縮力が加わり、その圧縮力が過大であれば、取り返しのつかない傷害を発生させる恐れがあるわけです。
 図2に示したシットアップの場合は、腹筋群ばかりでなく、腸腰筋も強く活動するため、腹筋群と腸腰筋の両方が発揮する張力によって、椎体や椎間板に大きな圧縮力が加わります。
 一部の運動指導者の中には、シットアップの危険性を低下させるためには、膝を曲げて行えば良いと考える人がいます。この理由は、大腰筋は腰椎につながっており、シットアップの際に大腰筋が腰椎を前方(仰臥位では上方)に強く引っ張ることによって腰椎の前弯が強まり、これが原因で腰痛を起こす恐れがあるためです。そこで、膝を曲げると、姿勢反射によって腰椎が後弯するため、腰椎の過剰な前弯を抑制できると考えるわけです。1999年に改定された文部科学省の体力測定でも、取りやめになった背筋力測定の代わりに、膝を曲げたままで行う上体起こしが筋持久力の測定種目として採用されました。
 この後の2002年に、McGillらは、改めて、さまざまな腹筋運動における腹直筋や腹斜筋の筋活動の程度と、腰椎に加わる圧縮力の大きさの測定を行い、発表しました。それ以前に行った死体を使った研究で、McGillらは、腰椎に加わる圧縮力が3000ニュートン(約300kg)を越えると、椎体や椎間板が損傷する(つぶれる)可能性が高いことを確認しました。
そこで、この2002年に発表した研究では、さまざまな腹筋運動においても、その最中に腰椎に加わる圧縮力が3000ニュートンを超えるものは「危険性が高い腹筋運動」として分類しました(表1)。そして、膝を伸ばしたまま行おうが、膝を曲げて行おうが、シットアップの最中には、腰椎に加わる圧縮力は3000ニュートンを超えることを確認しました。

表1 腹筋運動に伴う腰椎に加わる圧縮力(McGill, 2002)
表1 腹筋運動に伴う腰椎に加わる圧縮力(McGill, 2002)

 残念ながら、文部科学省の体力測定はMcGillらの2002年の論文が発表される前に改定されたので、高齢者の測定種目にも上体起こし(シットアップ)が含まれています。
次回は、もう一つの腹筋運動、カールアップの問題点について説明します。


<プロフィール>


西端 泉(にしばた いずみ)

川崎市立看護短期大学教授、日本フィットネス協会理事

主な研究テーマ:
高齢者の体力・健康を維持・増進するためのレジスタンス・トレーニング
安全性を優先した健康づくり運動の開発
認知症予防・改善のための運動
発達障害を有する子どものための運動


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