これが本当の健康づくり運動

これが本当の健康づくり運動

第6回 腰を反らす運動

【腰ってどこ?】
 一般的に「腰」とよばれる部分は、解剖学上はどの部分に相当するのでしょうか? 実は、これは非常にあいまいで、時によって、指し示す部位が異なるようです。英語の「ヒップ(hip)」という言葉がしばしば「腰」と翻訳されますが、日本語同様に「ヒップ」が指し示す部位もあいまいです。
 本文では、「腰」とは腰椎およびその周辺として、話を進めます。なお、解剖学上「ヒップ」は股関節を指し示し、いわゆる「腰」でありません。ときどき、翻訳で間違って「ヒップ」を「腰」と訳しているものがあるので、ご注意ください。

【腰痛の原因はラジオ体操?】
 ラジオ体操の第1、第2ともに腰を反らせる運動が含まれています。ラジオ体操は、国民の健康増進などを目的に、昭和3年(1928年)に始められました。つまり、スポーツ医学やキネシオロジーなどの学問が発達する前に考案されたものです。ラジオ体操は学校教育の中で必ず教えられるものなので、自分の健康のために、学校を卒業した後も続ける人がたくさんおられます。職場体操として実施している企業もたくさんあります。
筆者は、大学の近隣地域在住の高齢者を対象にしたレジスタンストレーニングのプログラムを提供していますが、その参加者の中にも、ラジオ体操を毎日欠かさないのが自慢だとおっしゃる人がおられます。ところが、そのラジオ体操を続けている高齢者の中にも腰の障害を有している人がおられます。
 「腰の障害の原因がラジオ体操にある」と言ったら、驚かれると思いますが、実際にその可能性があるのです。

【なぜ腰を反らすのは危険なのか? 脊柱の構造をみてみよう】
 ラジオ体操に腰を反らす運動が含まれている理由は、腰が曲がった姿勢(猫背)を予防したり改善したりすることにあると考えられます。ラジオ体操が始められた昭和初期は農業に従事している人が多く、農作業では腰を丸めたまま(前屈姿勢)で行う作業が多いために、腰を反らせる体操を行うことによって、腰の柔軟性を維持・改善させたいと考えたのだろうと思われます。
 ところが、高齢者にしばしば見られる腰が二つに折れ曲がったような姿勢は、柔軟性が不足しておきるわけではありません。原因は、骨としての腰椎そのものの変形にあります。なお、「柔軟性」とは主に骨格筋の伸展性を意味します。
 図1をご覧ください。この図は腰椎を横方向から見た様子を示しています。左が前です。

図1 腰椎の構造
図1 腰椎の構造

 年をとるにつれて、骨も老化していきます。この結果生じるのが骨粗しょう症です。骨粗しょう症になると骨がもろくなり、骨折しやすくなります。高齢者に見られる腰が二つに折れ曲がったような姿勢は、まさに骨が「折れて」いるのです。腰椎が骨粗しょう症になると、自分の体重を支えきれなくなり、つぶれていきます。これを圧迫骨折と言います。
 図1に示した中で、後方(右側)の突起(椎弓)よりも「椎体(ついたい)」として示した部分の老化が早いため、腰椎は前の方からつぶれていき、この結果、おじぎをしたような姿勢になっていきます(図2)。

図2 腰椎の圧迫骨折
図2 腰椎の圧迫骨折

 自分の体重を支えきれなくなってつぶれてしまうような腰椎の人が、腰を反らせる運動を行ったらどうなるのでしょうか。今度は腰椎の後ろ側がつぶれてしまう恐れがあります。特に、ラジオ体操のように、音楽に合わせて、勢いよく行うとその危険性は高まります。
 腰椎の前側(椎体側)がつぶれたとしても、これが原因で動けなくなるということはあまりありません。本人は腰が痛かったり、呼吸器官が圧迫されることによって息苦しくなったり、消化器官が圧迫されることによって消化吸収力に問題が出ることはあるかもしれませんが、日常生活を送ることは十分にできます。その証拠に、腰が二つに折れ曲がったような姿勢のままで生活を送っておられる人をたくさん見ることができます。
 腰椎の後ろ側(棘突起側)がつぶれてしまうと、図1では「脊柱管」として示されている部分の中を走行している脊髄が傷害されます。脊髄はからだの調整を行っている神経の束ですから、これが傷害されると、痛いだけでなく、様々な問題を生じます。例えば、思うように動かない、力が入らない、しびれる、排尿や排便の調節ができない、夏なのに冷えを感じるなどです。

【若い人でも危険】
 骨粗しょう症になっていない若い人なら、腰を反らす運動を行っても大丈夫かといえば、そうではありません。もちろん、勢いをつけずに、力を入れずに、ゆっくり行う程度なら問題はないと思われますが、激しく行うと危険です。
 例えば、バレーボールを行う人に腰の傷害がしばしば発生します。この理由は、サーブやスパイクの際に強く腰を反らせることにあると考えられます。
 「背筋」のトレーニングとして行われる、うつぶせに寝て、上半身を反らせる運動も危険です。以前、体力テストにも「伏臥上体反らし」とよばれる測定項目がありました。この測定は1999年から中止になりましたが、その理由を広く一般に知らせる必要があると思います。

【必要なのは「反らせる」ことではなく「伸ばす」こと】
 日常生活の中で腰を反らせることが必要ならば、それを安全に行えるようになるために、練習やトレーニングが必要です。しかし、日常生活で腰を反らせることはほとんどありません。このようなことから、腰を反らせる運動には、必要性もありません。
 荷物を持ち上げる際に腰を痛めないようにするためには、腰を、反らすのではなく、伸ばしたまま保つ必要があります(図3の左)。

図3 物を持ち上げる際の危険な動作(右)と安全な動作(左)
図3 物を持ち上げる際の危険な動作(右)と安全な動作(左)

 これを実際に行うために必要なのは、知識ばかりではなく、背筋(脊柱起立筋)力も必要です。既に説明したように、一般的に行われることが多い、腰を反らせることによって行う背筋のトレーニングは危険なので、図4のようなエクササイズがお勧めです。
脊柱を曲げずに低いところにある物を持ち上げるためには、高い脚力も必要です。脚力なくして、図3の左の姿勢を取ることはできません。

図4 腰を反らさないように注意しながら行う腰部背筋のトレーニング
図4 腰を反らさないように注意しながら行う腰部背筋のトレーニング

腰背部を反らさないようにしながら、左右の脚を、交互に上げ下ろしする。

【最後に】
 しばしば目にする運動の中に、安全性や効果に問題があるものがたくさんあります。今回は、腰を反らせる運動の問題点を紹介しました。
 腰が弱いことは、腰痛の原因になります。しかし、腰を強くする運動で腰を反らしてしまうと、腰痛(筋肉痛)よりもひどい、骨(腰椎)や軟骨(椎間板)の傷害を起こす恐れがあるので、腰を反らさないように注意しながら実施してください。


<プロフィール>


西端 泉(にしばた いずみ)

川崎市立看護短期大学教授、日本フィットネス協会理事

主な研究テーマ:
高齢者の体力・健康を維持・増進するためのレジスタンス・トレーニング
安全性を優先した健康づくり運動の開発
認知症予防・改善のための運動
発達障害を有する子どものための運動


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