第二十一講:腸腰筋
今回は腸腰筋(ちょうようきん)。これは、腰椎・骨盤と大腿骨を結ぶ筋肉群の総称です。メンバーは、腰椎から大腿骨の付け根まで走行する大腰筋(だいようきん)と、骨盤前面から大腿骨の内側に走行する腸骨筋です。股関節を曲げる際に大きな力を発揮する筋肉たちで、歩行などの活動に非常に重要とされています。あと実は小腰筋という小さな筋肉もメンバーに含まれるのですが、約50%のヒトでは欠如すると言われており、また、股関節をまたぐ走行をしていないため股関節を曲げる作用を持ちませんので、今回のお話では省略させて頂きます。ちなみに腸腰筋は腹部の内臓の後ろに位置し、股関節が固定されている場合には脊柱を前屈させる働きがあるため、この筋群のことを「深腹筋」と表現するアスリート系の方々もおられるようですね。
さて、以前この「筋曜日」で、脚を大きく後ろに蹴る働きをする「ハムストリングス」を取り上げましたが、今回の腸腰筋はその逆、「股関節を曲げる」、すなわち脚を前に上げるための筋肉です。ただ、一口に「脚を前に上げる」筋肉と言っても、それぞれの走行を考えると、それぞれ異なる機能がありそうです。骨盤と大腿骨を結ぶ構造の腸骨筋は、いわゆる「腿上げ」動作、大腿骨を上に引き上げる動きを担当しています。これに対し、大腰筋は腰椎と大腿骨を結ぶ構造をしており、骨盤にはくっついていません。したがって、ただ腿上げをするような股関節の曲げ方ではなく、例えば立位で、脚を腰部から大きく後方に振り上げたところから大きく前方に脚を振り上げるような動作を担当しています。例えて言うならば、短距離走の選手が大きなストライドで脚を前へ前へ踏み出すときの動きです。瞬発力を必要とするようなスポーツ種目の選手は、この腸腰筋がものすごく発達していることが知られていますし、実際、運動能力との相関があるようです。また、黒人の方々は、人種的に腸腰筋の太さが日本人の約3倍あると言われています(たしかに有名な陸上選手って黒人の方が多い印象がありますよね)。
普段デスクワーク等で座っている時間は、この腸腰筋は常に縮まった状態に置かれています。腸腰筋が縮まったままで、柔軟に使われず、筋力が弱まるとどうなるか…腰椎を反らせたり骨盤をしっかり起こしておくことができず、立っても腰の曲がったような姿勢(骨盤が後傾すると言います)になりますし、座っている時も、いわゆる尾てい骨あたりで体重を支えるような、猫背のだらしのない座り方になりやすいです。皆さんも召し上がったことのある牛肉の「ヒレ」の部分、テンダーロインとも言われるやわらかい部分ですが、あれは牛の腸腰筋(または腰方形筋)だそうです。四足歩行の動物は、常に股関節が曲がった状態で生活しているため、腸腰筋は二足歩行の人間ほど発達せず、柔らかく小さなままだそうです(柔らかい&量が取れないということで高級品)。ヒトのヒレ肉は食用で売れませんのでね、しっかり鍛えて丈夫な腸腰筋を作っておく方がいいでしょう。すっと伸びた腰椎のアーチの美しい、お尻の筋肉が上がって見える姿勢の維持に役立ちますよ。
ちなみに、日常の身体の使い方のクセなどから、腸腰筋が硬く過緊張し、逆に「反り腰」(=鳩胸+出っ尻)姿勢になっている方もいるかもしれません。姿勢をよく見せようと、普段から無駄に胸を張りすぎるとこんなことになります。腰痛の原因にもなりやすいですよ。脊柱のカーブや骨盤の傾きには、本来、地球上の1Gの重力に負けず、身体をきちんと支えておくのに相応しい位置関係があるはずなのですが、日々の力の入れ方のクセが積み重なり、力を入れすぎて凝り固まる筋肉や、普段意識して使っておらず弱化する筋肉があると、だんだん骨が適切な位置からズレていき、最も使いやすく並んでいるはずの配列(アライメント)が崩れてしまうのです。こうなると悪循環が生まれます。崩れたアライメントでは適切に身体を支えきれないため、なんとか頑張って周囲の筋肉が代償しようとして総動員され、本来の使われ方とは違う緊張を強いられるため更に凝り固まり、今度はその部分の痛みや不快感まで強まることになります。慢性的な腰痛で、マッサージに通ってもちっとも良くならない、なんて方、いらっしゃいませんか?凝り固まった筋肉をストレッチやマッサージで一時的にほぐすことはある程度可能なのですが、それが根本的な解決になるかどうかはよく見極める必要があります。痛みや不快感が生じている、そもそもの原因はどこにあるのか?普段の身体の使い方に問題は無いだろうか?筋肉に興味のある読者の皆さんですから、不調が起こっている身体に対し、そんな目線で物事を考えてみると良いのではないかなと思います。…あ、話がそれましたね。反り腰かどうかは、壁に後頭部と背とお尻をつけて立ち、腰の後ろの隙間の広さをチェックします。握りこぶしが入るほどの隙間の方、それが反り腰です。普通は手のひらが差し込めるくらいの広さです。
腰椎と骨盤の位置を正しく保てるよう、腸腰筋のストレッチを習慣づけましょう。起立位から片脚を「腿上げ」の状態にし、ここから大きく前方へ足を踏み出します。踏み出した方の膝が90°の角度になるまで前方へ腰を落とし、体重をかけていきます。このときストレッチされている腸腰筋は、後方に引いている脚の方。脚の付け根が大きく引き伸ばされていることをしっかり意識して、反動を付けずじっくり10秒伸張して下さい。左右交互に5回ずつ、2~3セット行いましょう。さらに、日常的に筋力を鍛えるため、腸骨筋にはしっかり腿を上げて行う階段昇り、大腰筋には脚を大きく振りだす大股歩きをお勧めします。股関節周りの大きなインナーマッスルですから、しっかり使えるようになると全身の代謝も上がりますよ。毎日使うエスカレーターを階段にしてみる、最寄駅までは大股で歩いてみる、など、日々取り入れることのできる運動で、ちゃっかり筋肉を育てていきましょう。なんて書きながら、先日のマラソン大会で酷使した腸腰筋が悲鳴を上げているオークボでした。…鍛えなきゃ。
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