オークボアツコの「筋肉豆知識」

オークボアツコの「筋肉豆知識」

大腿筋膜張筋

読者の皆さま、新年おめでとうございます。今年も頑張ってまいりましょう。今回取り上げるのは「大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)」です。位置は太腿の外側、骨盤から膝関節の下まで、ジャージのラインのような感じの形で伸びている長い筋肉です。

…とまあ、そんなふうに説明されることが多いのですが、実はこの筋肉、収縮する筋肉組織としての部分は骨盤から股関節をまたぐあたりまでくらいに限られ、割合としては小さいのです。それでは‘膝下まで長く伸びている’部分は何なのかというと、「腸脛靭帯(ちょうけいじんたい)」という硬い靭帯組織になっており、この部分の伸縮性はあまりありません。しかも、名前を見てみると「大腿」の「筋膜」を「張る」筋肉、というネーミングですよね。ちょっとこの意味について考えてみたいと思います。

以前もどこかの稿で書いた記憶があるのですが、筋肉は一つ一つが「筋膜」という膜に包まれ、その形や位置が保たれています。しかし実は、歴史ある解剖学の各教科書では、あまりこの「筋膜」について触れられていません。恐らくそれは、人体を解剖して筋肉の位置関係を確かめる際には、この筋膜をまず切り開いてしまっていたからでしょう。筋肉を一つ一つ、またはグループごとに包んでいる、この筋膜が、姿勢や動作の安定につながり、徒手療法にも大きな意味を持つというのが、‘アナトミー・トレイン’という有名な理論です。直訳すると「解剖列車」ですね。身体を走る筋-筋膜結合の経線を鉄道モデルに見立てています。

ともかく、実際に解剖してみると、大腿筋膜張筋は、大腿部分の筋膜にすっぽりと包まれており(まるでストッキング状のポケットに入っているような感じ)、そのポケットの端っこが分厚くなり長く伸びたものが腸脛靭帯と呼ばれている、そんな感じの構造になっています。つまり、大腿筋膜張筋が過緊張状態になったりすると、そこに繋がる腸脛靭帯だけでなく大腿を包む筋膜自体にもその緊張が伝わって、いわゆる‘張った’状態になりやすいわけですね。

大腿筋膜張筋が収縮すると、股関節を曲げ(屈曲)、そして外に開く(外転)動きが起こります。床に脚を投げ出して座り、ここから脚を外側へ開くような動きですね。純粋に「股関節を曲げる」時にメインで働くのは以前取り上げた「腸腰筋」なのですが、腸腰筋はその走行と付着部位の関係から、股関節を曲げる際に若干の外旋(ガニ股のように膝を外に向ける動き)を伴います。つまり、腸腰筋の働きだけで股関節を曲げるとすると、歩いたり走ったりする動きがすべてガニ股になってしまうのです。大腿筋膜張筋は、これを防ぐ役割、すなわち、まっすぐ前方へ股関節を曲げて脚を上げる役割があり、歩行や走行の正しいアライメントを作るために役に立っています。

いつも靴の踵の外側ばかりすり減るなあ、という方、いらっしゃいませんか?普段の歩き方が、かかとを地面でこするようなガニ股歩きになっている場合、こんな減り方をします(実はワタシもです…)。大腿筋膜張筋がうまく働いていない状態なのかもしれませんよ。また、ランニングをされる方で「ランナー膝」と一般に言われる膝の痛みに悩む方が時々おられるのですが、このランナー膝の原因の中で多いのが「腸脛靭帯炎」であることが知られています。腸脛靭帯が付着する、膝の外側あたりに痛みが出るのですが、走るときの膝の曲げ伸ばしの反復により、大腿骨の隆起と腸脛靭帯がこすれあって炎症を起こすことで生じると言われています。したがって、着地時に膝の外側に負荷がかかるようなフォームで走っていたり、O脚などのアライメントの異常があったり、オーバーユース(使いすぎ)だったりすると生じやすいわけですね。

この腸脛靭帯は大腿筋膜張筋とつながっていますから、大腿筋膜張筋が硬く緊張し、短縮した状態にあったりすると、腸脛靭帯が上方へ吊り上げられたような状態となり、膝周囲での摩擦が生じやすくなる可能性が考えられます。大腿筋膜張筋を柔軟に保っておくことは、ランナーをはじめ、スポーツ活動を積極的に行っている方にはとても大事かもしれませんね。

たくさん歩いたり走ったりした後は、メンテナンスとして大腿筋膜張筋のストレッチをしておきましょう。もちろん走る前のウォーミングアップにもいいですよ。仰向けに寝ころがり、右膝を立てます。この右膝に、足を組むように左足をかけて、左足の重さを利用しつつ右膝を内側に倒していきます。身体をねじるというより、大腿の外側をぐーっと引き伸ばすようなイメージで。30~60秒程度そのままキープします。終わったら左脚もどうぞ。

大腿筋膜張筋が短縮すると、腸脛靭帯が上へ吊り上げられるとも言えますが、付着部位である骨盤の前方が下へ引き下げられる力も生じることになりますので、骨盤が前へ傾き、結果として腰椎が反ってしまいやすくなるとも考えられます。地味~に腰痛の原因にもなり兼ねませんので、柔軟に保っておくに越したことはないですね。ちなみに、大腿筋膜張筋を鍛えるならば、脚を投げ出して床に座り、両脚にチューブなどを引っ掛けて外に開く運動などを取り入れるといいでしょう。

男性も女性も、あまりにガニ股でずかずかのしのし歩くのはあんまり美しくないですからね。美しい歩みでこの1年を乗り切って行きましょう!

<プロフィール>

オークボアツコ

1978年3月生まれ。♀
本職は大学講師・理学療法士。その傍ら、絵の製作活動などやっています。
そんな諸々の素性が重なったご縁で、このたび「筋肉かるた」読み札の挿絵を担当させて頂きました。
趣味はランニングと飲酒を少々。筋トレでなく肝トレに励んでいる日々です。

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