第四十一講:斜角筋

読者の皆さまは、「胸郭出口症候群」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?症状としては、あるポジションをとると腕や手指に痛みやしびれ、だるさが現れたりする病態が中心なのですが、人によっては酷い肩こりのような肩周りのつらさを伴うこともあるようです。…そもそも、あまり聞いたことがないこの「胸郭出口」とは何なのでしょうか。「胸郭」とは、肋骨で囲まれる胸の部分、すなわち上半身部分の体幹と考えて頂いていいでしょう。では「胸郭出口」とはどの部分の事を指すかというと、一番上の肋骨と、鎖骨と、今回取り上げる筋肉「斜角筋」との間にできる‘すきま’のことを言います。

斜角筋は首の深層にある筋肉で、「前斜角筋」、「中斜角筋」、「後斜角筋」、「最小斜角筋」の4つを総称して今回「斜角筋」として筋肉かるたに採用されています(ちなみに最小斜角筋は無いヒトもおよそ50%いるとのこと)。それぞれの走行は平行しており、頸椎と第1、第2肋骨をつないでいます。右の斜角筋群だけが働けば首を右へ傾ける動きが起こりますが、左右両側の斜角筋群が働けば、首を肋骨側に曲げる…すなわち頷くように前屈する動きとなります。

さて、これら斜角筋群のうち、冒頭に登場した「胸郭出口」のお話に関わってくるのが「前斜角筋」と「中斜角筋」です。何が問題になりやすいかというと、これらの筋肉と、血管や神経の位置関係。実は、腕へ血液を送る「鎖骨下動脈」という太い血管と、腕の動きと感覚をつかさどる「腕神経叢」という神経線維の太い束が、前斜角筋と中斜角筋の間の狭いすきまを、まるでトンネルをくぐり抜けるような感じで通っているのです。したがって、何らかの原因でこのすきまが狭小化すると血管や神経が圧迫されてしまうわけですね。

例えば、いかり肩の男性が日々筋トレに励み、首周りまでムキムキに鍛えたとしましょう。通常考えられうる以上の斜角筋の筋肥大が起こることで、ただでさえ狭~いすきまを通っている血管や神経がギュウギュウに圧迫されてしまい、腕への血流が阻害されたり、神経伝達がうまくいかなくなったり、感覚の異常が生じたりしてしまう。これがいわゆる「斜角筋症候群」です。「胸郭出口症候群」の中の代表的なひとつのパターンで、斜角筋が原因となるものを指してこう呼びます。

ちなみに、胸郭出口において血管や神経の圧迫が起こりやすい箇所は、①‘斜角筋のすきま’だけではなく、②‘鎖骨と第1肋骨の間’や、③‘肩甲骨の突起(烏口突起)と「小胸筋」の間’と、大きく分けて3つもあります。腕や手指を動かすために必須の、重要な血管や神経が、何故またこんな狭苦しいすきまをすり抜けながら走行する窮屈な構造になってしまっているのでしょうか。思うに、進化の過程において我々ヒトという種は、手を器用に使えるようになり、二足歩行が可能になり、結果として肩から両腕を吊り下げた直立位となり、非常に広い肩関節の可動域を手に入れたわけですよね。四つ足で生活しているぶんには、腕は常に胴体の前方にありますから、腕の重量を肩で吊り下げて支えておく必要もありませんし、こんな箇所での血管や神経の圧迫は生じ得なかったでしょう(以前の稿で取り上げたように、そもそも四足動物には鎖骨もないですしね)。長い長い歴史の中で見れば、これも進化の途上で起こった形態上のちいさな不都合なのかもしれません。

とはいえ、実際にこの症状に苦しんでいる方たちがいらっしゃるのも事実。なお、この「胸郭出口症候群」、実は屈強な男性に限った症状ではなく、実際は女性に多くみられることが分かっています(男性:女性=およそ1:3)。女性は男性よりも筋肉量が少なく、自分の腕の重量を支えておけるだけの肩周りの筋力が不足しており、なで肩体型だったりするとモロに腕の重みで肩甲骨が下方へ引っ張られてしまい、胸郭出口が狭くなりやすいと考えられるのです。

なお冒頭で、「あるポジションをとると」腕や手指に痛みやしびれ、だるさが現れたりする…と書きましたが、これは、動脈や神経の圧迫が強まるような姿勢を取ると症状が強まるという意味です。具体的には、電車のつり革を持つようなポジション(腕を真横に90°開き、肘を90°曲げた姿勢)をとり、かつ首をその手と反対側へ向けます。この姿勢を保とうとすると、上げている方の手が冷たくなって来たり脈が弱くなって来たりする…こんな症状があれば、これは胸郭出口での動脈の圧迫があり、血流量の低下が起こっていることを示しています。また、同様のポジションで腕から手にかけてしびれや痛み、違和感が走る場合、胸郭出口で神経の圧迫があることを疑ってよいかもしれません。

これらの症状は、逆に‘圧迫の起こらないポジション’を取ると軽快することでもチェックできます。先ほどの進化の話を思い出してみて下さい。腕を体の前に…そうですね、例えば腕組みをするような位置に腕を持ってくると、胸郭出口のすきまが広がりますので症状が楽になります。さらに、こういった症状に心当たりがある場合、両鎖骨の中央のくぼみから数cm外側。上方の、斜角筋の位置を指で圧迫してみて下さい。腕や手にしびれや痛みが走る場合、斜角筋症候群(原因が斜角筋による圧迫)である可能性を示しています。

このように、何らかの誘発ポイント(特定の姿勢など)で症状が強まるだけならば、筋肉の緊張を緩めたり、不良姿勢を修正したりと、トレーニングで改善させることがある程度可能です。ただ、日常的に常に症状が強く出ていたり、その症状のせいで腕の筋萎縮が生じてしまっているような重症の胸郭出口症候群の場合は、手術が適応されることもあります(第一肋骨を切除することに加え、前斜角筋と中斜角筋の肋骨への付着部を切除する手段がとられます)。また、斜角筋の肥大が各症状の原因となっている場合、斜角筋へのボトックス注射(筋弛緩注射)で効果がみられたという報告もあります。

まあ、ヒトという種の形態上、異常の原因となりやすい部分ではありますが、先天的な(生まれつきの)形態異常でない限り、このような症状が出ないよう予防しておくことはできるはずですし、症状に悩まれている方も、コントロールに役立つと思いますから、斜角筋をやわらかく保っておくための簡単なストレッチをご紹介しておきますね。デリケートな部分ですから無理は禁物ですよ。首をゆっくりと横へ傾け、そこから少し首を回旋してナナメ上、天井方向を見ます。首の付け根、鎖骨のあたりがじわりと引き伸ばされるのを感じてください。ゆっくり10秒数えたら、反対側もどうぞ。自分の筋肉で自分の首を絞めて(=苦しくして)しまわないよう、普段からメンテナンスを習慣づけたいものですね。

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